文藝と絵畫

芸術に関して思うところ、芸術の試み、日々の雑感。

詩『人――人』

人――人


  Ⅰ

静かなチューリッヒには
キャバレーの小男と
その取り巻き連中の
無為の中に収容されていく
戦時の夜空から煮出された
大量のコーヒーがあった
おかしなものをひたすら崇める
というある発明があった
辞書に刺さったナイフがあった
ただの夕べがあった
色のない絵画があった
文字の繰り返しがあった
踊りがあった劇があったしかし
それらは
完成した途端ぶっ壊れた
そこには道だけがなかった

 Ⅱ

ニューヨークの便所では
人々が騒いでいる
うるさい
そんなにサインが欲しいなら
いくらでも書いてやる
汚いガラスがどうだってんだ
買ってきたものに名前をつけて
置いてるだけじゃねえか
元々ここには何も
ありゃしねえんだから
くだらないことを訴えるな
かくして騒動は
色々の時代を経て
一個のロゴマークとなった
巻き込まれた人たちは
帰り道を間違えた

 Ⅲ

パリの医者が売り出した
溶けた魚入りのインク壷
税抜き1924円!
第二の革命的大特価は
形而上学の階下に住む
ペンを持った永久の人工知能
その目を瞑るまで
そして
扮装した医者は仕事を忘れて
赤面しながら
女の裸をじっと見つめていた
ということは
やはり眠気と性欲には
勝てなかったようだ
そうして人の驚きは霧散し
傍観していた司書は傘で身を隠した

 Ⅳ

東京の四つ辻で
野垂れ死んだ尺八吹きの
訳の分からぬ英語で書かれた遺書を
雪国の学匠が拾って読んだ
(Tada-Zake-Motomu…)
と同時に彼は
田園へとそれを投げ捨てて
外国か天国かどこかへ行ったきり
もう帰っては来なかった
「ああやはり
都市の狂騒がなければならぬ」
などと言い残して
確かに今や駆け引きは
結局無駄骨に終わるのだ
その骨を欲する人々が
再びどこかに現れない限りは

 Ⅴ

人の移ろいの影
過ぎ去りし偉大な時代の悲しきは
ただ……



2014年